深層の現地化

 「日本企業の海外生産を支える産業財輸出と深層の現地化」という論文(『 一橋ビジネスレビュー』60(3)、2012年)を、面白く読んだ。生産設備の現地調達をしてこそ、本当の現地化。価格低下でシェアも増えるので、付加価値も増大する。付加価値もふえるから、国内産業の空洞化には、つながらない。その主張の妥当性は、正直よくわからない。けれども、深層の現地化が進めば、シェア拡大するというのは、特別剰余価値をめぐる競争みたいだ。図もそうした感じを抱かせる。その点でとても面白い。

 いつも思うが、ものづくり経営学マルクスの競争論は親和性高い。ただし、ものづくり経営学は、労働問題を扱う視点がない。競争優位の構造を分析するため、労働問題を、むしろ例外的な事象として扱っているようにみえる。

 

f:id:nohalf:20181111070759j:plain

講義資料の事前アップロード

 講義資料を事前アップロードすると、授業参加者は減るだろうか。講義に出ないと整理できないレジュメにしてあるのだけれど、因果関係はわからない。レジュメ・資料をDLし、教科書をよんで、該当部分に理解をしておく。授業で聞きたい内容にフォーカスをあてる。そこにねらいがある。

 ある程度、当日の質問を受け付ける。事前に調べてきたことなどをまとめさせて発言させる。それに対するリアクションも与える。事前準備の成果が見えるような対応が必要なのだろうと感じつつある。ただし、いかんせん200人を超える授業でそれができるのか。上記を完全に遂行したら、それはゼミになる。

NHKスペシャル マネー・ワールド~資本主義の未来~第2集 仕事がなくなる(2018年10月7日放送)

 マネーワールド第2弾。AI・機械化による資本主義の変容。AI導入によって定型的な仕事は減少する。たとえば、ショッピングモールでは、営業時間外の清掃は、すでに清掃ロボットが代替しているケースがある。他方で、創造性を必要とする仕事、たとえば、AIを開発するエンジニア、人間の視覚に訴えるグラフィックデザイナー、これらは人間にしかできない仕事として残る。定型的な仕事を失った労働者はどうするのか。生活保障の枠組みとして、注目されているのがベーシックインカム構想。諸外国では財源確保して、実践に移している場合もある。

 ソフトバンク孫正義氏。前進するところを止めるのはいけない。拡大された富を分配することが必要。ロボット税のような形で、トップランナーの足かせをすることには反対。

 国立情報学研究所教授の新井紀子氏。才能を持つ人間は全体の数%。残りの99%は定型的な業務に従事する。資本家の立場から、「おまえらがんばれ」というのは、責任転嫁ではないか。また、ベーシックインカムの財源については、法人税強化の手法があるが、企業の海外展開というやっかいな問題がある。

 番組は機械化と資本主義に関する古典的な議論の再編ともいえる。付加価値の拡大にともなう分配をどうシステム化していくのか。資本家的な立場では、生産性の上昇、収益の拡大、それを可能にする税制優遇が前提だと理解する。他方で、労働者の立場では、賃金抑制では、生活基盤がなりたたない。経済の基盤は消費の底上げなので、最低生活保障の基盤は必要ということになる。

 司会の爆笑問題の太田氏が、「成功者の意見」として、孫氏をたびたびつっこむ姿が面白い。また、新井氏が「孫さんは法人税の引き上げには賛成なのか」とたずねたのにたいし、孫氏は「法人税そのものは必要、ただし、その水準は議論の余地ある」とこたえるシーンがある。孫氏は法人税そのものは否定せず、その水準の問題に絞っている。機械化と資本主義をテーマに掲げるこの番組を象徴するシーンだといえる。

 全体として、授業などでも使えそうなわかりやすい解説と、テンポよい会話が魅力的な番組である。

 

www6.nhk.or.jp

ペンタゴンペーパーズ

 ペンタゴン・ペーパーズ。米国のベトナム戦争時代の最高機密文書が流出した。当時の国防長官が、数年前から勝てないことを分かりながら派兵を続ける。国民に嘘をつき続けてきたと、大問題となる。ニューヨークTIMESは3ヶ月かけて、機密文章を分析。スクープ報道するも、ニクソン大統領は、TIMES誌を告訴。司法判断で記事差し止めを言い渡される。ライバル会社のワシントンポスト誌は、独自ルートで機密文書の情報源に接近。4000ページに及ぶ文書をつかむ。

 問題は、この文書をどうするか。顧問弁護士や経営者層は、ワシントンポストが廃刊になると難色を示す。現場の記者と編集主幹は記事の掲載をおす。最後は社主の判断。社主は国防長官とも個人的に親しい。どうするか。真相に迫るため、公表を決断する。ワシントンポストの社主役のメリル・ストリープ、編集主幹役のトム・ハンクスの好演がひかる。とくに公開前日のやりとりが、切迫感があって、引き込まれる。

https://www.newsweekjapan.jp/ooba/2018/03/post-49.php?t=1

 

 

 

金子雅臣『壊れる男たち』岩波新書、2006年

 金子雅臣『壊れる男たち』岩波新書、2006年。女性相談室に訪れたセクシャルハラスメントの案件を具体的に紹介し、被害者と加害者の事実認識の見事なまでの隔たりを指摘する。複数の事例で加害者の男性が、職場における優越的な立場をわきまえず、対等な恋愛関係と理解している。このことを、本書では、男性優位の現実をみず、勝手気ままに解釈する、自己中心的幻想である、と指摘する。

 本書によれば、都合のよい解釈、他者への理解の欠如、これがセクシャルハラスメントを生む根本原因である。男性は下駄をはかせてもらっている。そういった認識が希薄である。家庭での夫婦生活における性生活と、外での性願望が分離している。男性が男性優位社会に無自覚であればこそ、ハラスメントは生ずる。このような主張を展開している。

 結論的な主張に至る前の、豊富な事例が読みどころ。具体的事例は、どのような対称性が生まれているのか理解するうえで、必須である。本書は2018年に5刷。しばらく買うことができなかった。筆者は男性。それだけに、加害者になる男性と、そうはならない男性に注意を向けている。

 

壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか (岩波新書)

壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか (岩波新書)

 

 

プラド夏樹『フランス人の性』光文社新書、2018年

 プラド夏樹『フランス人の性』光文社新書、2018年。フランス在住のジャーナリストがフランスの性教育カップルや性的関係などについて、実体験をもとに文章化したもの。フランスのカップル概念には、結婚という制度に挟まれた「繁殖のための同居」を否定するフランス的な価値観がある。子供ができて、パパ、ママになっても二人だけの時間はつくる。恋愛関係の緊張関係がなければ、別れることも厭わない。

 男性優位の社会であることは、フランスも日本と同じである。とはいえ、本書によれば、男性が女性を誘うことはフランスで積極的に推奨される。それは、米国発の「MeToo」運動に、一定の反発があったことからも示されている。男女間を中心とする性的関係は相手を思いやること、同意のない性的関係は認められないこと。これらを前提とする。しかしながら、あとは、当事者で解決すべき、というのがフランス的な価値観だという。

 本書で紹介されるフランス的価値観がどれだけ普遍的なものなのかは分からない。筆者自身も経験したオープンすぎるフランスの性教育も、驚きの連続だ。ただし、日本的なクローズドな価値観を、相対化するのには、有意義な本だと思う。

 

フランス人の性 なぜ「#MeToo」への反対が起きたのか (光文社新書)

フランス人の性 なぜ「#MeToo」への反対が起きたのか (光文社新書)