日経経済教室、伊藤周平氏

今朝の日経の経済教室は鹿児島大学教授の伊藤周平氏。選挙争点の一つの消費税をめぐって、「社会保障費(現在は年金、医療・介護、子育て支援社会保障4経費)のすべてを消費税収で賄うことなど不可能」「そうしている国など存在しない」と指摘。

http://www.nikkei.com/article/DGKKZO80600370W4A201C1KE8000/

11月17日公表の7〜9月期の国内総生産(GDP)速報値は、実質の前期比で2四半期連続のマイナスとなり、2014年度はマイナス成長となるおそれもでてきた。
 
安倍晋三政権の経済政策(アベノミクス)により円安が続き、生活必需品を中心に物価が上昇している。4月の消費増税が追い打ちをかけ、実質賃金は10月まで16カ月連続で前年比減少を続けている。これが家計を直撃し、GDPの約6割を占める個人消費が低迷している。日本経済は、増税によって景気後退局面に入ったとみてよい。

 こうしたなかで、安倍首相は消費税率の10%への再引き上げを15年10月から17年4月に先送りすると宣言し、衆議院の解散・総選挙に打って出た。アベノミクスへの失望が広がって内閣支持率が大きく低下しないうちに、長期政権を狙い、早めの解散を決断したとみられる。しかも10%の引き上げに際し、財務省を説得するための措置なのか、景気条項を削除するとし、いわば退路を断った形だ。

 もともと、今回の消費増税社会保障の充実を名目にしていたが、安倍政権のもとでは、充実どころか、社会保障改革と称して、社会保障の削減が進められている。すでに13年8月から生活保護基準の引き下げが断行されており、同年10月からは年金給付や児童扶養手当などが減額されている。70〜74歳の医療費自己負担も2割に引き上げられ、後期高齢者医療保険料の特例軽減措置も廃止される。

 15年4月には(1)要支援者の訪問介護通所介護利用を段階的に保険給付から外す(2)特別養護老人ホームの入所資格者を原則、要介護3以上の高齢者に限定する(3)一定所得以上の保険サービス利用者の自己負担を1割から2割に引き上げる――といった内容の改正介護保険法が施行される。

 政府は、消費増税の増収分をすべて社会保障の充実・安定化に充てるとしているが、大半は社会保障の安定化に使われ、充実に充てられるのは増収分の1割にすぎない。

 その際、社会保障費の大半を国の借金で賄っているかのような説明もしているが、社会保障費は他の歳出項目と同様、国債を含めた歳入全体から支出されており、所得税法人税などの税収によっても賄われている。歳入に占める国債の割合は4割程度で推移しているから、社会保障費のうち、借金に依存しているのも4割程度と推計される。

 そして、社会保障の安定化に消費税収を用いるということは、これまで社会保障費に充てられてきた法人税収や所得税収が浮くことを意味する。いわゆる予算のすげ替えである。つまり消費税増収分の大半は、実質的には法人税減税による減収の穴埋めなどに使われていることになる。

 実際に、消費税が導入された1989年以降の消費税収と法人税収の推移をみると、過去の消費税収のほとんどが、法人税の減収の穴埋めに消えてしまっていることがわかる(図参照)。

 しかも安倍政権は、成長戦略の一環として、法人実効税率(12年に引き下げられ、現在約35%)を、15年度から5年間かけて20%台に引き下げるとしている。現在、地方税を含む法人税収は約18兆円だから、これが実効税率35%分に当たるとすれば、実効税率1%分は約5000億円に相当し、かりに25%にすると、約5兆円の減収となる。

 しかし、日本には研究開発減税など多くの減税措置があり、これらを利用できる大企業の税負担率は表面上の税率35%よりはるかに低い。これ以上の法人減税が必要なのか疑問である。法人減税を中止すれば、消費税率10%への引き上げは不要ではないのか。成長戦略として法人減税を、また、経済対策として大型公共事業を推進する政策を継続する限り、いくら消費増税をしても、社会保障はよくならないし、国の借金も減らず、財政再建にもならない。

 何よりも、日本の消費税は一部の例外を除いてほぼすべての商品やサービスの流通過程に課税されるため、家計支出に占める消費支出(とくに食料品など生活必需品)の割合が高い低所得層ほど、負担が重くなる逆進性の強い税である。しかも高所得者ほど、株式投資や預貯金などの金融所得が多く、所得比でみた消費税の逆進性はいっそう強まる傾向にある。

 そして、消費税を社会保障の主要財源とすれば、逆進性の強さから消費税率の引き上げに対して国民の根強い反対があるため、政策的に社会保障の削減が選択されやすい。

 また、消費増税は、輸出還付金の増加で輸出大企業に恩恵を与える一方で、企業による正社員のリストラや非正規化を促進しやすい。企業が正社員を減らし、必要な労働力を派遣などに置き換えると、人材派遣料などの経費が「仕入れ税額の控除」の対象となる。正社員への給与は控除の対象外だから、派遣労働の割合を増やすほど、消費税の納税額が少なくなるのだ。

 消費税率が5%に引き上げられた97年以降、それに呼応するかのように労働法制の規制緩和が進み、非正規や派遣労働者が激増した。安倍政権のもとで雇用者が増えたといわれるが、増えたのは低賃金で不安定な非正規雇用であり(10月時点で昨年1月比157万人増)、正社員はむしろ減少し(38万人減)、労働者全体に占める非正規の比率は37.5%に高まっている。

 このように消費税は、貧困と格差を拡大する特徴をもつ不公平税制といってよい。そして社会保障財源の主要財源を消費税に求める限り、貧困や格差の拡大に対処するために、社会保障支出の増大が不可避となり、消費税を増税し続けなければならなくなる。増税できなければ、社会保障を削減し、貧困と格差の拡大を放置するかしかない。消費税は社会保障の財源として最もふさわしくないのである。

 そもそも社会保障費(現在は年金、医療・介護、子育て支援社会保障4経費)のすべてを消費税収で賄うことなど不可能であり、そうしている国など存在しない。社会保障費は、あらゆる税収で賄われるのが当然だからだ。消費税の再増税の延期で、社会保障充実のための財源約4500億円が不足するとの報道がなされているが、待機児童の解消などの必要な施策であるなら、不要不急の公共事業費などを削り、社会保障費に回せば済む話である。

 増税により景気後退局面に入った日本経済を立て直すには、消費税の再増税は延期ではなく中止とし、当面5%に戻すべきである。しかし、現状認識を誤っているアベノミクスの手法では、不況のなかで再増税のときを迎える可能性が高い。また、再増税先送りを名目とした社会保障の削減も加速すると予想され、そうなれば、年金削減や将来不安により個人消費はさらに低迷し、日本経済の長期停滞は避けられなくなる。

 私見では、社会保障の財源は、消費税を増税することなく、現在の不公平税制を是正し、所得税法人税の累進性強化、つまり富裕層や大企業への課税強化・増税によって十分捻出できると考える。

 そして、不足している特別養護老人ホーム保育所を増設し、さらには公費を投入して介護職員らの待遇改善をはかることによって社会保障を充実させれば、従来型の公共事業や企業誘致よりも、雇用創出の効果があるはずだ。社会保障の充実により将来不安が払拭され、年金や手当が増額されれば、内需主導型の景気回復につながる。

 社会保障財源は消費税しかないという呪縛を解き放ち、別の選択肢を示していくことがいま求められている。