大沢真理編『承認と包摂へ』岩波書店

 職務評価研究の到達点を整理しようと思い、森ます美「『価値の承認』・『資源の配分』の実証研究――ペイ・エクイティ研究の意義」を読んだ。森ます美「『価値の承認』・『資源の配分』の実証研究――ペイ・エクイティ研究の意義」では、ペイ・エクイティの意義が整理されている。ペイ・エクイティとは、看護師と電車運転士のように異なる職種であっても、労働の価値が同じであれば、労働者に同一の賃金を支払う原理をさす。同一でない場合も、「比例価値労働比例賃金」が拡張概念として認められる。背景には、性別職務分離の実態があるとされる。カナダ、オンタリオ州では、1987年10月にペイ・エクイティ法(Pay Equity Act of 1987)が制定され、女性職の賃金における「制度的差別」の是正を掲げている。特定の事業所における女性職と男性職それぞれの労働の価値と賃金を比較する場合に明瞭になる。国際的には、特定の事業所における女性ILO100号条約50周年記念のトーマス論文(Thomas2010:10)が、「得点要素法」point factor methodを指摘している。ILOも知識・技能(qualification)、負担(effort)、責任(responsibility)、労働環境(working condition)の4大ファクターとポイントに基づく分析手法を推奨している。
 筆者によれば、日本の場合、性と年齢による差別賃金をもたらすのは「男性稼ぎ主」規範に立つ年功賃金制度にある。企業の賃金原資(パイ)は「男性稼ぎ主」規範に基づき、当初から男性には多く、女性には少なく配分された。こうした「男性稼ぎ主」賃金が継続したのは、1)労働者の公平感(石田光男)、2)企業と賃金へ依存した日本型生活保障(大沢真理)に起因する。最近の職務評価手法として、ホームヘルパー、スーパーマーケットなどの事例が紹介・検討されている。職務評価は看護師が878.6。これを100とすると、ホームヘルパーの価値は83.9、診療放射線技師84.6とほぼ同じである。しかし、時給は大きな格差がある。看護師1913円を100とすると、ホームヘルパー1237円=64.7。仕事の相対的な価値より20ポイントも低い。スーパーマーケットの場合、正規労働者755.5点で100とすると、役付パート92.5、一般パート77.6になる。それに対し、賃金は役付パートが正規労働者の約70%(1301円)、一般パートは同じく約55%(1016円)。職務の価値が100:92.5:77.6であるのに、賃金は100:70.2:54.8となっている。
 スーパーマーケットの事例のように、同一工程内で雇用形態別の職務価値を算出し、実際の賃金格差とギャップがあるとの指摘は非常に面白い。学術的に価値がある。ただ、異なる産業で比較をする場合、職務価値のポイント基準が同じでないと意味がないだろう。例えば、自動車産業と繊維産業では状況がかなり違うように思える。その点、特定の組織内での格差是正には有効だが、部門間となるとかなりハードルが上がる印象である。また、日本の賃金形態について、年功賃金が性差別的だとする筆者の把握に関わって、「賃金形態が差別を生む」という認識は以前から気になっている。賃金差別をしたのは経営側であって、「賃金形態そのもの」から自動的に格差や差別が生まれるわけではない。一般的にはそういえるのではないだろうか。