読書ノート:トマ・ピケティ『21世紀の資本』

21世紀の資本

21世紀の資本

 2015年の1月に購入して、少しずつ読み、ようやく読み終えました。前半部分はななめよみのところも多いのですが、僕自身がこの本で面白いと思ったのは、第7章、第14章、第15章の3つです。以下その点を中心に、読書ノート風に書きます。

◇労働所得+資本所得=所得
 ピケティの概念はマルクスとは違います。マルクスにとって「資本」とは自己増殖する価値、剰余価値を獲得する主体ですが、ピケティはそうした概念を採用していません。賃料、配当、利子、キャピタルゲインなど金融資本的な資本を「資本」と呼びます。他方、それとは区別して賃金、給与、ボーナス、非賃金労働からの稼ぎなどが該当する「労働所得」という概念を出します。資本所得と労働所得を合わせたものが「所得」になります。ここで概念的には、労働所得の中に経営者報酬などは除外されるべきですが、それも含まれていることに注意が必要です。ピケティはマルクス経済学者ではないので、こうした階級間の概念については無頓着なところがあります。この点は、課題として最後にもう一度言及します。

◇長期的に見た所得格差の拡大=超世襲型社会、スーパー経営者の社会に
 さて、以上の概念上の区別をもとに展開されるのは、長期的に見た所得格差の拡大です。とりわけ資本の格差の方が労働の格差よりも大きいというのが歴史的な傾向であると分析します。さらに重要なのは、この数十年間は、相続財産が重要な位置を占め、富の集中が極端なレベルに達した「超世襲型社会」あるいは「不労所得生産者社会」まで格差が拡大しているというのです。また所得階層で見ても、高い労働所得に基づく経営者が登場する「スーパー経営者の社会」に到達しているといいます。

◇限界生産説の問題点
 問題はこの格差拡大の要因です。新古典派経済学の伝統的な分析によれば、格差の拡大は労働者の「能力」に起因するとされます。教育水準が高く、労働生産性が高いので、格差は正当化される。これが限界生産性から説明するオーソドックスな議論です。しかし、個々の労働者の総生産性に対する貢献は、定型的なマクドナルド労働などと比べて容易ではないとして、この「限界生産性」からの説明に疑問を呈します。むしろピケティは、制度的な要因が大きいとして、最低賃金の低下と、累進所得課税の引き下げに求めます。

最低賃金引き上げの雇用への影響
 最低賃金の引き上げは、平均所得と連動していなければ、逆に労働者の生産性を適切に評価していないことにもなります。米国では2013年以降オバマ政権の下で、時給7.25ドルへと引き上げました。それでもフランスよりも1/3程度低くなっています。賃金上昇が、経済を競争均衡に近づけ、雇用水準を引き上げるという意味から理解をすれば、米国の最低賃金が9ドルへ25%引き上げても、雇用への影響はまったくないとしています。この点は、平均所得の30〜40%程度の低さを持つ日本の国際的に低い最低賃金にとって引き上げを促す根拠として示唆に富みます。

◇労働所得への累進課税と世界的な資本課税
 累進課税については、どうでしょうか。歴史的にみて、英、米、独、仏の最高税率は、ずっと下がっています(図14−1)。フランスでは、1920年に50%、1925年に72%まで引き上げられましたが、その後は引き下げられています。こうした事態に対し、「最高所得に対して没収的な税金をかける」ことが必要で、具体的には80%程度という高い課税を提案します。

 なお、ピケティの議論はこれにとどまりません。21世紀型の課税として世界的な資本課税を提案します。これはタックスヘイブンなどを意識したピケティの議論の最大の特徴といえるでしょう。具体的には、2010年に米国で法律化された外国口座財務コンプライアンス法(FATCA)を提起します。あらゆる外国銀行は、米国国務省に対し、米国納税者の外国保有口座の投資、その他収入減について報告するよう定めるものである。自国の金融機関に情報公開を促さない国に対しては、輸出品に関税30%以上をかける「自動制裁」も主張します。

◇グローバル企業の資産公開を通じた格差是正
 以上のように、ピケティの議論は労働所得と、資本所得、それぞれの所得格差の拡大が、ここ数十年の累進課税の引き上げと、最低賃金の低下に求めます。その対策として、富裕者課税の復活と世界規模での資本課税を説いています。日本の現実を見るとき、法人税が引き下げられ、消費税があがり、非常に逆心的な税制がなされていることからすると、ピケティの議論は、日本と全く逆の政策を提案しています。むしろ、グローバル大企業を規制し、世界的な課税のルールを通じて、情報の透明化をはかることが、ピケティの格差論の中核にあると言えるでしょう。

◇ピケティが言及しなかった要因――階級視点の欠如?
 冒頭に述べたように、ピケティの資本概念は特殊です。「労働」と「資本」は労働者と資本家ではありません。そのことが階級視点をベースにした格差社会分析とはまったく異なる点であり、彼の議論の課題でもあります。こうした格差の拡大の要因として、労働法制の規制緩和労働市場における不安定雇用の拡大、株式価値最大化経営への移行など、様々なものがあげられますが、ピケティはこうした問題にまったく言及していません。この点では、新自由主義を「階級権力の奪還」と規定した、デイビット・ハーヴェイらの議論(『新自由主義』)と比較検討することが求められるでしょう。