柳澤健『1984年のUWF』文藝春秋社(文春文庫)、2020年

 本書では、元タイガーマスク新日本プロレスをやめ、ユニバーサルレスリングを立ち上げた佐山聡、佐山と一緒にユニバーサルに移籍し、格闘技色を強めた前田日明新日本プロレスを保守的とみなし、前田を支持した週刊プロレス山本隆司などが登場する。地味な関節技を理解できる観客は少ない。派手なバックドロップもブレーンバスターも、場外乱闘もない格闘技に観客動員力がない。このジレンマを打ち破ったのが初期ユニバーサルである。佐山は、ロープに飛んでも返ってこない、チキンウィングフェイスロックによる試合終了など絶妙な格闘技色を出した。

 ユニバーサル崩壊後のUWFで活躍したのは前田だった。前田の挑発的な態度は、既存のルールを破っているように観客には見えた。それが革新的な中身を支持する若者の心をつかんだ。同時に、週刊プロレスターザン山本編集長は、テレビ放送なしのUWFを取材し、活字プロレスという新しい領域を作った。UWFはニュースで扱われブームを迎える。大阪でも満員の観客を集めたが、招待券の配布で、収益は厳しかった。観客が多いのにレスラーの処遇は改善しない。それはフロントが搾取しているからだ。こう考えた前田は、UWFのレスラーを引き連れ、新しい団体を立ち上げようとする。

 前田は、宮戸優光など反発するレスラーの真意をくみ取れず、分裂する。カール・ゴッチに回帰する藤原組、猪木に回帰するUインター、そして前田が一人で立ち上げるリングスである。本書によれば、リングスは前田の試合だけが結果の決まっているフィックストマッチで、正道会館シュートボクシング等は、結果の決まっていないリアルファイトだった。正道会館もファンの多いリングスでの戦いを望んだ。リングスは純粋格闘技色を強めたが、依然として既存のプロレスという枠組みからは脱皮できなかった。こうして、1990年代に、グレイシー柔術という新たな黒船が登場する。

 全盛期の前田の試合をリアルタイムで見た経験がないため、前田が格闘家として優れていたというイメージはない。ただし、前田を信奉するコアなファンがいたことは知っている。本書を読んで、格闘技通信などの雑誌が、プロレスであるUWFを報道し続けたこと、ターザン山本率いる週刊プロレスが当初の前田を支持したこと、このあたりの事実を初めて知った。本書の核心は、ショーとしてのプロレス、あるいは観客を呼べるプロレスと、リアルファイトとしての格闘技、そのバランスをめぐる当事者の葛藤だったと思う。佐山の新日本プロレスからの離脱、新団体立ち上げなど、この時代は金銭問題が多く絡む。離合集散と新たな団体立ち上げが続くが、当時の状況を噂レベルではなく、また断片的にではなく、時系列に理解できるという点で有益な本だった。

※佐山のジレンマを表す秀逸な文章→「ダイナマイト・キッドとの約10分間の試合は、佐山聡を一夜にしてスーパースターに変えた。しかし、タイガー・マスクの大成功は、佐山聡が目指す新たな格闘技への道を、さらに遠く困難なものにしてしまった」(『1984年のUWF』)。