ブラック企業問題に関する覚書

以下は、ブラック企業に関して新聞社の取材に答える際に、自身で作成したメモです。

ブラック企業の諸特徴
 木下武男(2012)『若者の逆襲』旬報社、によれば、ブラック企業とは、1)肉体を磨滅させるような労働基準であり、2)大量採用・大量離脱を前提とした採用基準をとっており、3)使い捨てが横行している状態である。さらに、4)人事管理の手法としてはパワハラ、セクハラなどが常態化している。

◆従来の日本型雇用との関係
 ブラック企業は従来の日本型雇用の特徴と延長戦で考える必要がある。長期安定雇用と職能資格制度に基づく年功的処遇を特徴とする日本型雇用は、配置転換や残業など経営側の強力な経営権の所在を前提としていた。2000年代以降のブラック企業とは、この強力な経営権限を所与として、労働者の使い捨てによって利益を上げようとする一連の動向を指す。濱口桂一郎氏のいう「見返りのある滅私奉公」から「見返りのない滅私奉公」へと変貌したその象徴がブラック企業である。

◆逃げられない世界
 1)年功賃金と終身雇用による生活保障と雇用保障という処遇システムと、2)絶大な指揮命令権と専断的な人事権にもとづく企業による労働者の人事管理。メンバーシップを得ると1)が保障される。しかし、1)の保障、2)の受容という戦後続いた一体的関係が解体して、1)の衰退ないし解体、そして2)の専断的な増長、がブラック企業現象。
 1)がなくなったのに、2)がいきつづけるのはなぜか。1)の特質は労働者を「逃げられない世界」閉じ込める企業封鎖性を生む。1)の本質がすり替わって、労働者に対する「企業封鎖」的機能だけが残った。
 1)の「生活・雇用の保障」が、解雇・失業への不安と非正規社員への転落の恐怖意なった。「正社員になりたいものはいくらでもいる」という労働市場の【古典的】圧力が、正規雇用にかかる。失業と恐怖にかられた「逃げられない世界」へと変質。

若者の逆襲 ワーキングプアからユニオンへ

若者の逆襲 ワーキングプアからユニオンへ

◆ジョブ型への懸念
 以上が木下(2012)におけるブラック企業問題の骨格部分。最終的にはジョブ型への移行が解かれている。個人的には、職務給そのものが格差是正の鍵になるのではなく、それを有効な職務価値のものにしようとする上方への運動が必要だと思われる。労働組合と社会運動が社会的合意を形成するのでなければ、同一価値労働同一賃金という名の「賃金切り下げ」が生じてしまうからである。

ブラック企業問題の社会問題化は歓迎すべき
 日経新聞朝日新聞国立国会図書館のデータベースで「ブラック企業」と検索すると、2010年は24件にすぎなかったが、2012年55件、2013年483件と飛躍的に増加している。これはニートなどの若年者雇用問題が労働者個人の問題となっていた状態から、企業に責任を求める「ブラック企業」へと進展した状況を示す。CINIIのデータベースを見ても、首都圏青年ユニオンNPO/POSSEなど労働問題を扱うNPO、ユニオン型の労働組合の活動家が積極的に発言してきたことも大きい。

◆労働者個人にとってできること
 就職活動を控える学生が就職四季報などをみて、会社の離職率年次有給休暇の取得率を調べるのは最低限の労働条件を知る手掛かりにはなる。ただし、N.Aなど公表をしていない企業もあるし、就職説明会などで直接聞くことが難しいこともあるかもしれない。
 先輩やOB/OGで仕事をしている人がいれば、彼らに実態を聞き、子育ては出来ているか、長時間労働が恒常化していないか、などを聞いてみるといい。離職する人が多く、育児休業も取れない職場は、労働者にやさしくないし、持続可能性が低い。ブラック企業問題は労働者を「使い捨て」にするという点でもっとも持続可能性がない。
 中小企業を「ブラック企業」として認識することは誤り。中小企業の中にも従来型日本が雇用の伝統である厚い雇用保障をもっている企業もいる。大事なことは、インターネットの情報のようなものではなく、自分で足を運び集めた生の情報を重視すること。

就職四季報 2015年版

就職四季報 2015年版

就職四季報 中堅・中小企業版 2015年版

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◆学校教育としてできること
 学校教育はキャリア教育を重視しすぎている。キャリア教育は若年層の就労意識を高めるという点では意味があるのかもしれないが、実際に職場に入り、トラブルに会った際にどうしたらいいのか、考えられていない。労働者の権利として、労働組合とはどのようなものか、残業手当はどう支払われるべきなのか、突然解雇を宣告されたらどうするのか、など労働者教育が必要。本田由紀氏の言う「適応力」と「抵抗力」のバランス。

教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ (ちくま新書)

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軋む社会---教育・仕事・若者の現在 (河出文庫)

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◆政府や社会としてできること
 ブラック企業のような存在は社会的に公表することが必要。そのためには労働基準監督官を増やすなどの措置が必要。「ダンダリン」は一部アニメの要素があったとはいえ、素材としてはいいものを提供している。2013年夏以降、ブラック企業の実態調査が行われる。これは歓迎すべき。また2013年夏の参議院選挙でも自民党が圧勝する中、「ブラック企業根絶」を掲げた若手共産党議員が東京で当選したことも大きい。なお、第2次安倍内閣の限定正社員の導入、解雇規制の緩和(経済特区)、派遣業務における一時的業務の削除、ホワイトカラーエグゼンプションなどは、違法状態を合法化するという点で逆行している。